看護師お悩み相談室

スポンサード リンク
相談を新規投稿する

DNRの選択(最近とても虚しく感じます)

<2010年07月22日 受信>
件名:DNRの選択(最近とても虚しく感じます)
投稿者:匿名

以前働いていた病院は、急性期で若い方が多く、一人でも多くの患者さんを助けたいと思って頑張ってきました。

現在住んでいる地域では高齢化が進み、患者さんも高齢の方が多く、入院患者さんの平均年齢も80〜90歳くらいだと思います。100歳を超える方も多くいます。

多くの方がDNRを希望されますが、明らかに助からないだろうという方でも挿管され、苦しみながら亡くなっていくのを見ると、何のために看護しているんだろうと虚しくなります。
医師の説明不足だと周りは言います。

生きられるという望みが、たとえ1パーセントでもあるなら、蘇生すべき・・・。なんですよね・・・。

先日、あと数日で100歳になる方がCPAで入院されました。
その場にいた誰もがこのまま逝くのが、この患者さんにとってベストだと思ったのですが。
家族は、100歳になると市から祝い金がもらえるから、何とか数日生きさせてほしいと言ってきました・・・。
言葉を失いました。
家族の希望で、患者さんは挿管され、そして意識が戻らないまま数日生きました。

最近、とても虚しいです。

スポンサード リンク

No.1
<2010年07月23日 受信>
件名:生き方、受け皿
投稿者:@げんきこつ

 沢山の苦労と学びを百歳のお年に関わってきたご家族に、もしかしたら患者さんご本人の最後の家族へのご褒美に、一縷の望みを医療者に託してくださったのでしょうか。それにしても、現場ではなんて虚しい事でしょう。自然に…というお気持ちが伝わってきました。
 
ご存知の通り、 自宅で亡くなった場合は、不審死となり、司法に委ねる事になると思います。病院で往く事を選ばれたご家族の、心細さを思うと、社会的な自然との不合致が浮き彫りになる思いではあります。

延命と考えると、気が重くなるのはわかります。入院の手配、機械のセッティング、強い延命、というご家族の希望。
どれだけ手を尽くしても期待された結果が出せるとはかぎりませんし…ですが、ご高齢だからこその加減(技術)が試される出会いではあったと思います。
答えにならない上に長文すみません。
どうか虚しい気持ちを天に離してあげてください。


No.2
<2010年07月23日 受信>
件名:無題
投稿者:匿名

そうですね、確かにわかります。

挿管されて苦しいだろうとかかわいそうだ、もういいでしょうと思うのはそれをよく知っている私たちの主観であって、絶対に正しいとは限らないと思わなければいけませんね。(そうでないとやってられないというか)
私たちは医療には詳しくても、患者さんたちの歴史や家族関係、事情を知りません。
今だけのほんのワンシーンをみて他人が批判したりこうするべきだと判断できることではないんですよね。

自分たち(医療スタッフ)の頑張りに焦点が向くと、その結果に期待してしまいますが主役は患者さんでありその家族です。
その方たちがこれでいいと納得できるステージを迎えさせてあげるのが何よりかなと思います。
でも私たちにとってはこれがいい医療だとは思えないことは多いですね。そういうとき、いかに「ならばどうするか」「どうしてあげられるか」を探ることが大事になってきますね。
挿管されていた数日間にナースたちが知らない間に家族は患者さんの手をとって最後のお別れやお礼を言えていたかもしれませんし、お金ではない貴重な時間だったかもしれません。

医療は命を救うことを目指すけど、看護はそうではないことに振り返ってみたら原点に戻れる気がします。療養ではそういう場面が多く、考えることも多いです。


No.3
<2010年07月23日 受信>
件名:同感です…。
投稿者:匿名

私の病院も高齢者が多いです。延命処置をして命をとりとめる方もいますが、ほとんどが意識もなく経管栄養を行っています。そうなると家族は足が遠のき、在宅では介護できないと施設希望されます。本当に悲しいことだと思います。


No.4
<2010年07月29日 受信>
件名:無題
投稿者:匿名

まず、医療の現場で、様々な人間の生死を見ている私達と、一般の方の死生観は異なると思います。突然、家族が倒れ、現実を認められず、各メディアでの奇跡体験が頭をよぎります。もし家族の誰かが最期までありとあらゆる方法をとって欲しいと言えば、楽にしてあげたいと思いつつも、『もう、その辺で止めて下さい』と、言うのは言えないと思います。残った家族同士のこれからも続くわけですし…。やるだけやった、でも、ダメだった…。と、いう経験が、大切な人を亡くし、立ち直るのに必要な時があります。延命を希望する家族を説き伏せてDNR選択をさせ、後々、医療事故ではないか、もっとできたのではないか、誰其が来るまでぐらい待てたのではないか…。と、責められることまで責任持てるのかなと思います。核家族、少子、過疎、地元での就職難etc…。本人が決められない以上は家族に任せるのが今のところベターだと思います。


No.5
<2011年02月27日 受信>
件名:無題
投稿者:匿名

皆さんの意見を読ませていただいて、色々考えさせられました。
私の勤務している所も急性期でありながら、田舎の公的機関のため、投稿者さんと同じような状況がみられます。
私の母も六十を過ぎました。元気な母が倒れたら、看護師として母が苦しいだけの処置になると解ってても延命を望むかもしれません…
本来なら元気な時に親孝行しなきゃいけないけれど、助けてもらってばかりで…
患者さん、家族がどのような選択をしても、患者さんの尊厳を失わないようにケアして行かなきゃと考えさせられました
一人一人かけがえの無い大切な家族ですからね…


No.6
<2011年03月02日 受信>
件名:ぽっくり
投稿者:ポッキー

 生活保護をもらっている家族が延命処置を希望されます。
それだけで、全く病院には足を運びません。
 お金のために延命治療を望む現実をみてがっかりです。

 
スポンサード リンク
関連ワード
 

相談を新規投稿する
スポンサード リンク

サイト内検索

検索

看護師お悩み相談室HOME