2年目看護師です。私の病院は急性期なので重症患者が入院することが多いです。明日、重症患者を受け持つことが分かると、それからずっと、ああ、嫌だな。と思って緊張感とプレッシャーでたまらないです。それだけならまだしも、明日いなくなってないかな、と思ってしまっている自分がいるんです。そんなことを思ってしまう自分に余計落ち込むし、最低だなと思います。自分はなんて最低な人間なんだと自分が嫌いになっていきます。例え患者さんがDNARだとしても、やっぱり受け持ちだと死の瞬間に直面するので心が病んでいく気がします。みなさんはこんなこと思うことありますか?
ないです。それなら異動希望だしたら?
私は重症患者さんとそのご家族のためのケアは自分に置き換えてみてました。良いケアで患者さんもご家族も一時でも心地良く病院生活を過ごせたり、見送る事のお手伝いできればと思ってます。
それが苦痛なら異動すれば良いと思う。
二年目なので重症者をもつプレッシャーもあるんでしょうか。私の新人時代に配属されたのは急性期でも主に癌のターミナルの患者が多く憂うつでした。
看護師4年目に移動になり整形外科が主の病棟に移動しましたが、亡くなる人はほとんどおらず整形は元気に退院する人も多かったので気持ちは楽でしたよ。働くかか科をかえたら、こんなに違うんだ!ってほど働きやすかったです(^^)
人生の最期にむかっていく患者を看護するのは、負のエネルギーに引っ張られますがそのうち気持ちの抜きところもわかってきますよ(:_;)
看護師になる前、身近に「死の瞬間」を迎える人がいなかったこと、看護師としては不幸だったかもしれませんね。
私は父の死の瞬間、高校2年の調理実習の折、母から父が危ないと連絡を受けた学校管理職が担当教員に知らせ、担当教員から聞いた私は、タクシーで病院に駆けつけました。駆けつけた時、母はアンビューを圧していました。主治医から最期だからと手渡されたようです。心電図は、今でも覚えていますが、T波が高く、次第にフラットになりました。家族そろってからです。弟は失神しました。死の瞬間、確認の時にはストレッチャーで寝ていました。私は死後の処置を、泣きながらその部屋の壁に座り込み、冷静に見つめていました。看護学生の良い子だったから。
父の死によって、私は父からの縛りを失くしました。それと同時に、父親という存在からの、思春期における父性の獲得を喪失してしまいました。これは私の人生の振り返りにおいて、「愛着の喪失」と「発達課題の躓き」だったと気づきました。しばらく彷徨いましたが、社会にいる人々により社会的に育てられました。そして、やっと社会で一端に働ける人間になりました。
人の死における思い、貴方はまだ「当事者性」を獲得していないのだと思います。その当事者となったとき、もし感情が死んでいたなら、貴方は「当事者性」よりも「専門職」としての在り方を優先した結果でしょう。
合理的に業務を遂行するには感情をコントロールする必要があります。ですが、自身の根底に揺れる感情を否定する意味は、自身の生存の本能と直結します。死を否定する意味は、裏を返せば生きたい、生きる価値がある、そう信じるからです。
死を受容する、これは人間だれしも死ぬことを容認することであり、否定もしない。それが人間であることを受け入れること。生きてきた間には、その個人の貢献してきたこと、失敗、取り返したこと、行動により影響を与えた事等、大なり小なりあったはずなのです。
急性期では、その個人の生き方など焦点にあたらないかもしれません。私もそうでした。ですが、考えてみればその人の死に至るまでの生まれてからこれまで、歴史があるのです。貴方だって、人には話していない人生のあれこれあるでしょう。急性期の死は、すべて葬り去らなければならない。
今では緩和ケア病棟(認定看護師も)でさえ、その人の生きてきた人生など蔑ろで、苦痛を緩和することと日常生活援助に始終しています。
私は看護師とは何か、といった問いに病院臨床では見出せなくなったので、現在は地域保健、看護領域にいます。
そういう看護師もいていいと思いますよ。
看取るのも看護の大事な仕事ですが、向き不向きはありますからね。
むしろ看護師だからといって看取りを強要されるのはその人の適性が分かってないのかも、と思いますし。
私は耳鼻科の経験がありますがそういう重症の患者云々言う方は、大抵耳鼻科は合わないって言って直ぐにぼろくそ言ってから辞めますよ。いや働く前からわかるだろ何で来たんだよ!?
って思います(笑)
耳鼻科だって大事な科だし患者には看護は必要なのにね。
看護師になると他人の死を変な意味で受容してしまうし、話がずれるけどカレー食べてる時に排泄の話が普通に出来たりするときに、あぁ職業病だなぁって客観的に自虐しますね。
整形外科や眼科や耳鼻科や精神科とか外来とかオペ室とか内視鏡とか透析室とか、ちょっと挙げただけでこんなにめったに死に直面しない看護業務があります。
ただ勘違いしないで欲しいのは、死に直面する機会が少ないというだけで、全くないという訳ではなく、たまにあった時に慣れてないからバタバタしやすいということも同時にありますが。
あなたは出来なくても誰かがやらなければいけない仕事ですから、そこは理解してそのスキルは認めて素晴らしいと思って下さい。
その上で、あなたがやりがいを感じる仕事を、自分の人には負けないスキルを探して時間をかけてでも見つけて下さい。
私も2年目です
整形外科病棟の勤務なので、急変の少ない病棟なのですが、年になん例かはステルベンがあります。私も去年一度だけ経験しました。初めてのことだったのでどうすることもできませんでした。それ以来急変が恐怖で、状態の悪い患者さんが居ると、私の居ない時間で…と思ってる自分がいます。私もそんな自分に落ち込むことがあります。きっと質問者さんだけではないと思います!
分かります。
死んでしまえばいいと思ったことはないけど、自分が受け持つ自信がないから、他の看護師に担当が代わっていたらいいのになって考えたことはあります。身内の死をきっかけに看護師を目指したので、ターミナルを大切にしたい気持ちは強いと思いますが、そんなことを思っていた時期がありました。
呼吸器科に勤務をしていましたが、呼吸器疾患は、麻薬を少量でも使用すると呼吸停止をして亡くなってしまいます。非常にコントロールの難しい患者さんが多くて、苦しんで亡くなる方もいました。
喀血など、急変も多い科だったので、家族の気持ちも整理ができないままで・・・というパターンもありました。
看護師さん、看護師さん・・・って色々質問されて、その一つ一つに丁寧に説明して・・・分かりませんとか言えませんし、真剣に向き合うことに疲れてしまう時期がありました。
重症患者さんを受け持つ不安がなくなって、ターミナルケアをしたいと考えられるようになったのは、看護師になって3年目くらいからでした。
それまでは、余裕がなくて、疾患と向き合ってばかりいたと思います。
モニターばかりに目がいき、脈拍は?血圧は?意識レベルは?尿でているかな?あ、家族がきた。何か質問されて、しっかり答えられるかな。あ、点滴なくなりそうだから持ってこないと、モルヒネとりにいかないと、いろいろあり過ぎたから、申し送りでまとめられないよ・・・って感じでしたよ。
勉強をして、余裕ができてからは、どんな説明をすると安心するかな?今、家族が患者さんにしてあげたいと考えていることは何かな?って目を向ける視点がかわってきました。
そして、最後のその瞬間に、家族があわてないで、受け入れることができるように、どんなことができるかな?と考えるようになりました。
家族と一緒に、タオルで体をふいたり(家族は手と顔だけ)、家族が昔の患者さんの話をしていることに耳を傾けたりして、もうあと数時間って時も、なぜか家族は一度家に帰ろうとするので、状況を説明して引き止めたり・・・
患者さんの会いたい家族のそばで、最後を迎えられるようにって気持ちで仕事をしていました。
落ち着いた頃にお手紙をもらうこともあって、あの時はありがとうって家族に言われた時に、少しでも役に立ててよかったな。その患者さんの人生の最後の瞬間のサポートができて良かったなって思います。
重症患者のケアが好きではない人もいるので、無理に今の病棟にいてほしいとは思いませんが、悲しくて落ち込むことばかりでもないのにな~って思います。
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看護師お悩み相談室