初めまして。
私は、10年の社会人経験後、看護学校に入学したものです。現在看護専門学校の学生です。
現場で働いている方にご意見たまわりたく投稿させていただきました。
件名にも書きましたが私には双極性障害Ⅱ型の持病があります。
双極性障害の診断が出るまで色々と大変なこともありましたが、約1年前からリーマス400mgを就寝前に1回服用するようになり、現在はほぼ寛解状態で学校にも楽しく元気に通えております。学校での対人関係も良好です。
鬱状態だなと思い受診した病院で、双極性と診断されたときのショックは相当なものがありました。が、今は双極性は治りにくい治らない、この現実と向き合い受け入れていく覚悟も出来つつあります。むしろ、現在の薬のおかげで以前よりはるかに穏やかな生活を送ることが出来、診断に感謝しているくらいです。
私は看護学校入学当初は終末期や内科に興味がありました。
しかし、自分がこのような持病と付き合っていくことになり、精神科に興味が湧いてきました。自分自身の持病への興味半分、同じ立場で役に立てるのではという生意気な気持ち半分といったところでしょうか。
現場で働いていらっしゃる皆様に教えて頂きたいことがあります。
「精神疾患のある看護師が精神科で働くことが可能でしょうか。」
(メンタル面・体力面・法律・採用条件等制度的な面どの切り口からでも構いません)
皆様の主観的なご意見でも、ご自身のご経験や現場で見聞きされたことからお考えになられたことでも、あるいは現場での実情そのままのお話でも構いません。
一つでも多くのご意見や情報を知りたいです。よろしくお願い申し上げます。
(なお、主治医は看護師免許取得には賛成。就職は夜勤が無いほうが望ましいが、夜勤も出来なくはないと言っています。)
寛解期で、服薬しながらコントロールが出来ているならば可能です。
経験を生かして、患者様への共感し、患者様によりよいケアがていきょうできるのではないかと思うのですが。ただし、患者様に引きずられて増悪しないよう十分に周囲の理解と援助を得られるようにしければ、厳しいと思います。実際に大なり小なりの精神疾患を抱えた医師や看護助手、リハ職員とともに精神科に勤務していましたが、様子がおかしいなと思った際は本人が相談したり、周囲で援助したりして助け合いながら働いていました。再燃しない場合でもストレスケアをして、治療を継続しながら 自己管理できるようにしなければ、働けない状態となり、全く皆と同条件とは行かないと思います。
結論として、自身の双極性障害を理解してもらえる職場を見つければ問題ないと思います。実際に、デイからあなたと同じような状況のかたを看護師として働けるように職場調整し社会復帰してもらえるよう支援しましたが、この四年特に問題なく勤務を続けておられます。頑張りすぎず無理をせず状態に応じてサポートしてくれる職場を探してみてください。意外に精神科は寛容だったりしますよ
質問者です。
ちょめこ様、お忙しいなか、ごていねいなアドバイスをありがとうございました。
この持病になって服薬するようになってから、気分は確かに落ち着きましたが、自信喪失の様な感があり(これまでが、根拠なく自信過剰だったのでしょうが…)、踏み出せずにいました。
暖かいお言葉で背中を押して頂いた様な気がします。
私は現在、自分が双極性障害であることは、学校では先生にも友人にもカミングアウトしていませんが、こういったカミングアウトすべきか否かなどの問題なども、ひとつひとつ、クリアしていきたいです。まず何よりこれまで以上に勉強に励みます。
ちょめこ様からは優しい励ましをいただきましたが、そういった面だけではないだろうと覚悟もしております。厳しい現実や実状なども引き続きどなたかご教示いただけたら、よろしくお願いし申し上げます。
ちょめこ様、本当にありがとうございました。がんばります。
※申し訳ありません!!とても長くなってしまいました※
はじめまして。
私もかめさんと同じ疾患を患っています。
看護学校に入学する前に診断を受け不安を持ちながら入学しました。
結論から言うと、今普通に生活できているのなら親しい人を含め、周りの学生には言うべきでないと
思います。特に躁転しかけているときには気が大きくなるので気をつけてください。
確かに、双極性障害は心臓病や糖尿病など学校で習う慢性期疾患と同じように服薬と生活調整をしながら上手に付き合っていく病気だといえます。けれども精神疾患にはまだまだ偏見があるのも事実です。
自分のことを理解してほしいという欲求は誰もが持つことで、自分の病気のことを打ち明けるべきかと悩むのは正しいことだと思います。
しかし、カミングアウトをすることにより、かめさんが不利な立場になり、そのことで病気が悪化してしまうことも十分考えられます。ナースの卵とはいえ、いや、現職で働くナースでさえ、精神疾患は特別なこととして捉えられてしまうこともあるのです。
けれども、担任の先生には学期始めの面談(専門学校ですか?)の時にでも「内薬している薬があります」ということだけ伝えてもいいかもしれません。病気のことは、個人情報ですから、不必要に他人に話されたりすることはありません。また、話すことによりかめさんが不利になることもありません。(一応そういうことになっています)
拝見したところ、今内服しているのはリーマス2錠だけなのですね。
睡眠はどうでしょうか。
学校生活を送っていくにあたり、まず心配になるのは鬱になることによる留年とか、この先働いて行けるのかなということだと思います。
しかし、まずは躁転しないようにすることを第一に考えていってほしいと思います
今何年生かわかりませんが、実習が進むと、回をこなすごとにやることが増え、睡眠時間が削られます。少ない睡眠時間で活動しなければならず、土日は疲れて昼夜逆転ということをしていると、非常に躁転しやすくなります。
リーマスは波を穏やかにする作用がありますが、薬はあくまで補助なので、飲んでいてもコントロールするのはあくまで自分です。
私もリーマスで寛解しましたが、もったのは基礎実習まででした。成人の実習が始まる頃には、アセスメント、計画、評価と最後までやらなければならなくなるためどうしても睡眠時間が確保できず、また実習という行事自体が異常に神経が高ぶらせるため、躁転しないようにするため生活を整えることが大変でした。
結局、恐らく躁転して5日間全く寝ないで実習に行けてしまったり、異様に活動的になっていました。おかげさまで皆が睡眠不足でヘトヘトのなか意気揚々としており、実習の成績だけはよかったです(笑)
しかし躁のあとには鬱が待っています。体って上手くできていますよね。自分のことを守ろうと強制的にストップかかるんです。心臓が悲鳴を上げると胸が痛み、体の動きがストップするのと似ていますね。エネルギーをを使いすぎてしまったあとの反動はとても辛かったです。
先ほど担任には話しておいてもいいと思うと言いましたが、先生には本当にご迷惑をおかけしてしまいました。
まず、睡眠を整えるために(寝ないでも平気だからといって寝てないと躁転しやすくなる
)睡眠剤や興奮を沈めて寝つきやすくする薬を服用していたのですが、それがなかなか上手くいかなくて。朝ボーッとしてしまったり、フラつきがあったり、そういうときは遅刻してしまっていました。。また特に思いあたる節がないのに朝からどーっと涙が止まらなくなり、外に出られず、という日もありました。体がだるくてしかたなく、1日中横になっていないと辛いこともありました。
事情を担任が知っていることで、随分助けられました。休むことを認めてもらえたからとかそういうことではありません。それまでは、躁鬱病なのにナースになれるのだろうか、という心配ばかりしていました。しかし、自分の意志を言葉で担任の先生に伝えることにより、病気がある上で、頑張ると決めたため、甘えるとか甘えないの問題でなく、「私はナースになるんだ。そのためには今どうすればいいのだろう」と真剣に向き合おうと発想を転換できたことなのかなと思います。
朝起きられなかったときも、どうして起きられなかったか、考えました。うっかり就寝が遅れ、薬を飲んだのが遅れたからだ。それは宿題が終わらなかったからだ。終わらなかったのはなぜだろう。夕食後にダラダラと過ごしていたからだ。時間を決めるようにしよう。という感じです。
教員は本当に学生のことをよくみていて、甘えそうになっているときや、私がまだ頑張れそうなときは疾患をもっていない学生と同じように、逆に自分が気づいていないような時に、自分が病気であるのだから、それを踏まえた行動をとれるようさりげなくフォローして
いました。
病気だと分かられたらやめさせられる方向に仕向けられてしまうとびくびくしていましたが、「自分では、気づけない変化や兆候もあるからそういうことがあったら声をかけていく。自分から、周りの学生や他の教員に、自分の疾患を不必要に話さないことを前提に、卒業までフォローしていく。」というようなことを言っていただきました。
実習が始まるまでの講義ばかりのときは鬱、実習が始まってからは躁の兆候があり、服薬も副作用が辛く、一定の状態を保つことがこんなにも難しいことかと実感しました。
しかし、ナースになりたいという強い意志があったので、「今は安定しているから」ということに甘んじず常に気をつけて生活できるようになりました。
そして勤務をはじめてから、ようやく客観的に自分をアセスメントできるようになったのかなと思います。
周りから無理だと言われても、自分の病気と向き合い、「私が、私自信をコントロールしていくのだ」という意識を持つことができたから、今働かせていただくことができているのだと思います。
私の場合は、自分の意志により服薬と自己管理(躁転しないように行動をセーブする)、無理はしないと言う主治医との約束の元入学、進級をし卒業後附属病院に就職し、就業4年目です。個人情報のため、学校の方から病院へ病気のことを言うことは一切しないと言われていたため、採用の際は何も聞かれず、また入職後も一切周りにはいっていないです。
在学中に自分なりのコントロールを見つけられましたが、夜勤が入るので睡眠剤による睡眠の調整は、欠かさず行っています。また、ストレスコーピングも大切なので、体に無理をさせずに(カラオケオールが有一の楽しみでしたが控えています。)上手にストレス発散できるように取り組んでいます。飲み会などもありますが、体のことをまず優先し、地味に生活するようにしています。
病気と共に生きていくということはどういうことなのか、学校でも習うと思いますが現場では嫌というほど向き合わされます。患者様は病気になったことで色々なことに制約があったり、行動を変えていかなければならないのです。
かめさんや私が診断を受けた病は、先にも述べましたが慢性期疾患の患者様と同じように、病気と共に生きていくために変えていかなければならないこともあります。
しかし、病気を自分の一部としていれた上でこうなりたい、こんな風に生きていきたいと希望を持ち、それに向かっていくことはできるのです。自分との折り合いがつく時が来るのかなと思います。
私も夜勤はだめと言われました。だけど、病気だからという理由で夜勤のある一般病棟は無理だと切り捨てたくない気持ちがありました。
主治医やカウンセラーとお話し、普通の人が仕事終わりに遊びにいったり、他の資格取得や進学などのキャリアアップに費やす時間を、まずは体を休めることに当てて、生活習慣を整えることを第一に、まずはチャレンジしてみました。
半年もつか相当怯えながら入職しました(笑)途中結婚し、ライフイベントに伴うストレスが不安でしたが、周りの支えもあり、なんとかやっていけてます。
ナーバスになる気持ち、とてもよくわかります。
けれども、病気を抜きにしたときのかめさんの意志を大切にしていってほしいです。
「私は病気なんです」と言っただけでは回りは応援してくれません。
やりたいことありきで、その次に病気をどうコントロールしていけば目標に近づけるのか考えることもできると思います。
読んで下さってありがとうございます。
私も同じ心配してた!と思い、投稿させていただきました。
病気と向き合い、是非諦めないで頑張って欲しいと思います。
らっこさん、おはようございます。
私は現在専門学校の1年生なのですが、昨日から精神概論の授業が始まりました。昨日は第1回ということもあり、イントロのような形で、精神の健康概念ですとか「心のバリアフリー宣言」などの啓発活動に関するものでした。
誤解・偏見を解く方向の授業の進め方の中、クラスメイトからは「精神疾患がある人をあまり見たことがないので会いたい」なんて意見も出てきたりしました。心のなかで「おい、ここに本物がいるよ(笑)」なんて思いながら、口に出すのをずっとこらえていました。私も主治医からはカミングアウトは冷静に損得を考えればすべきでないと理解できるはずだと言われています。しかし、授業後の帰りの電車の中で激しく動揺し、まだ偏見が残る現実も忘れ、今日の授業内容・心のバリアフリー宣言の通りであるならばカミングアウトしてもいいのでは、した方がいいのか、などどと考えてしまいました。
帰宅後PCで、らっこさんの御回答を拝見し、あまりにタイムリーに的確なアドバイス。
読ませていただき、私自身の意志の弱さや甘さ、目的のブレを反省しました。
私は病気と付き合ったり向き合ったりすることにとらわれすぎているのかもしれません。悲劇の主人公になってはいけない。病気とうまくつきあうことは、看護師になるという目標を達成するための手段にすぎないのです。
現在、学校での対人関係がおおむね良好なため、自分をもっと知ってもらいたいという気持ちはあります。しかし、その気持ちの裏側には、万が一、昔のように暴言を吐いたり、おかしな行動をしてしまったときに理解してもらえるのではという狡い期待があるのも事実です。
「病気なんですと言っただけではまわりは応援してくれない」という、らっこさんのお言葉、この重さを私自身が受け止めていかねば。
なぜ精神障害者が差別されるのか、差別や偏見はなくならないのか。という問題は現実にあります。実際私はすごくくやしい!が、この差別偏見の問題と私個人のくやしい感情とを分けて考えることも必要かもしれませんね。
らっこさん、どうもありがとうございました。
あと、わたしも担任には報告しておこうかと思いました。
私も鬱で2年間パキシルをのみました。最初は眠れた、元気になったと喜んでいました。でも浪費したり、逸脱行為があり病院を変えたところ双極性と診断されかなりショックを受けました。パキシルをベースにラミクタールとリチウムを服用しましたがふらつきや言葉、労作がスローで一番辛かったのは勤務中の睡魔です。訪問看護の仕事だったので移動と移動の間に5分程目をつむったりしていました。薬が辛いと言えば主治医は、じゃあ仕事辞めて入院しますか?この一言を境に服薬中断してしまいました。毎日の自己認知療法で2年が経ちましたが、人間関係とストレスに弱く退職しました。仕事が長続きしない事は診断されるかなり前からで、気分の浮き沈みがある事は中学生の頃です。服薬と勤務、踏み切れないです
私は看護師になって13年目くらいに診断を受けました。
それ以後は何度も職場を変えています。
一生ものの病気です。
まずは卒業、国家試験合格を目指しましょう。
不規則な勤務は禁忌ですよ。
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