先日親の癌がわかりました。リンパ節まで転移があったものの、手術で切除。化学療法がはじまります。
私は自分が看護の資格をとったことは家族の健康を守るために少しは+になるものと思っていました。でも現実はそんなに簡単なものではなく、看護師だからこそ感じてしまう想いの数々にとらわれ、押し潰されそうになっていると感じます。
それこそ普段向かい合っている患者さんや家族の苦しみを本当に理解できるいい機会。。と考えればよいのでしょうが知識のない一般の方より余計なことを考えてしまうし、そこまでの心の余裕がもてません。
自分の性格も影響してるのだとわかっていますが基本悪い方の可能性を必ず考えて仕事するよう教わってきたので。。
なんで気づいてやれなかったのか。
合併症や進行したときの状態、死亡率
シビアな病状、知識があっても役に立たない現実
今は考えすぎてしまうので、自分でしらべることはやめて病院の言ってきたことだけを考えるようにしてます
不安をナースに話す、とかも考えましたが
癌の専門病院にいるにもかかわらず病棟のナースは全然そんな感じはなく。。
ただ流れにのって動いてるだけのように見えます
患者さんが多いから、仕方ないんでしょうけど
手術の説明が不十分でもう一度聞きたいと言った時にも先生じゃないとわからないので。。で終了
説明が足りなかったことを先生は謝罪してくれたけど看護師は誰一人その話に触れてこずでした
手術を翌日に控えた患者家族が不安を訴えてるのに、
何で誰も気にしないの?
先生に確認しますね、とか行き違いで不安にさせてごめんなさいとか
たった一言でいいのに他にも、とにかくすみませんを言わない看護師達。
話を聞いてもらったと感じさせてくれないのは、なぜ?
患者家族と先生の間のコミュニケーションの不足を看護師が必死になって行き来してすみませんを連発してたこととか
患者さんに悩みはありませんか?今やってる看護は患者さんの想いとあってますか?と聞いて回ってたこと。他にも色々。。習って、正しいと信じてやってきたこととの違いを比較してしまって不満ばかり感じる自分も嫌になってしまいます
皆さんはこの資格があることで家族の病気にたいしデメリットというか、よくなかったことありませんか?少しでもお話を聞けたら嬉しいです。
また、それをどう乗り越えられたのでしょうか
長々すみません、よろしくお願いします
私の実父は、がんの転移により、ホスピスに入院しています。
4月に入って、経口摂取ができなくなり、一日1000mlの点滴を受けています。
今までに5回も開腹手術を受け、術後放射線治療も、化学療法も受けず、
80歳になりました。
去年の年末に余命を医師から聞かされ、独居は無理と判断し、私は退職し、父の看護にあたっています。
短い余命をどう過ごすかということを父と一緒に考えました。
私は、父が、いい人生だったと思ってくれればいいかな、と思っていました。
が、実際は、愚痴と暴言の嵐です。
私が幼いころの話をして、お父さんは私にとっていいお父さんだよ、ということを伝えたいのに上手くいきません。
中に溜まっているドロドロしたものを吐き出さないと、と私は思い、聞き役に徹していますが、すごく私の心が冷たく重くなってしまい、つらいです。
父は最後まで、自分の病気を受容できず、死にたくないよ―、手術して治してくれ、
と言いそうです。
無力感で一杯です。
病院の看護スタッフに対しては、何度もお互いの、意志疎通のために時間を費やしました。
患者側の希望、家族のできることできないことを明確にする。
看護側も同様です。看護スタッフには、感謝しています。わがままな父によく対応してくれています。
私の実家は地方なので、古臭い習慣がまだ残っています。、理解できないこともたくさんありますが、しょうがないんだ、と諦めたところがたくさんありました。
一番つらいのは孤独ですね。
仕事しているときは、しゃべるのに疲れるくらいだったのに、今は、まともな会話をする機会がありません。
口の周りの筋肉もたるんできて、顔がたるんできました。身体中たるんできました。
嫌なことばかりです。
あともう少しだと思います。
少しでも父のためになればいいな、と思い今日も過ごします。
義理の母が危篤の時、親族のみんなはわたしを看護師としてしか見ていなかったように思います。それが不満でした。家族として見てほしいと思ってました。
病院のスタッフは当たり障りのないことしか言いません。そんな中、旦那に「お前は親族に必要とされてる。頼りにされてる。そんなお前を嫁にもらったことを俺は誇りに思う。看護師としての意見を言って欲しい。俺達は何も分からないんだ。」と言われました。
親族の前で、義母にしてあげられる医療はもうないこと。数日で亡くなるであろうこと。それでもしてあげらることはまだたくさんあることを話しました。
旦那には、長男のあなたがしっかりしなさいと、死後の葬儀の対応や役所への手続きについてなど教えました。
義母は2日後に亡くなりました。
生前、義母によく病気の相談をされました。「○○ちゃん(わたし)は、半分娘、半分看護師さん」と言われたことを思い出します。
わたしは、実父の病をきっかけに看護師になりました。
でもわたしは結局父の前では看護師になれませんでした。医者に止められながらも、父が大好きだったパチンコに一緒に行って、一緒にお酒をたくさん飲みました。最後まで、父にとってかわいい娘でいたかったんです。後悔はありません。
患者さんを家族のように思う、そんな言葉、ご家族に失礼です。だって家族じゃないんですから。家族って、そんなに簡単なもんじゃありません。
だけど、家族を亡くす気持ちや立場は、理解できます。
家族を亡くしたことで、わたしの看護は変わりました。
家族の気持ちも考えられるようになりました。
家族の死が教えてくれたことだと、大切にしてます。
病棟によって看護師カラーって随分ちがうと思いますし、時間的余裕も全然違うと思います。看護師だからこそ私がやってきた看護師とは随分かけはなれていると感じるのだと思います。6時ぐらいには上がれる病棟もあれば連日9時過ぎの病棟もありますし、一人何人を受けもっているかも全然違いますし。昔、内科から外科に転科してきた患者さんに「看護師の動きや忙しさが全然ちがうね。君たち同じ給料なの?同じ病院でこんなに違うんだね。外科の君たち大変だな」と言われた事があります。まぁ気持ちの持ちようもあると思いますが、あまりの人手不足に朝から晩まで、決まっている処置を消灯までにこなすので精一杯の部署もあります。ただし、看護師達に明らかに余裕がありそうで、6時過ぎたら日勤の看護師は見かけた事がないぐらいの病棟であるば、もう少し丁寧に患者側に対応しても良いと思いますが。
みといさんは、絶対素敵な看護師になっていくと感じました。親御さんには、心の医療をしてあげては、どうでしょうか。時には娘として、時には看護師として接し、そんな貴方をみて、親御さんは安心するんじゃないかなって…。偉そうにすみません。
私の母もガンで、手術しました。現在無事に再発なく経過しております。
が、周術期の看護に大変不満を感じました。
業務としては十分な対応をして頂いたと思っておりますが、看護は最低でした。患者自身も辛いと
感じたそうです。
私は看護師としての自尊心を無くし、臨床を離れました。
全国的に名の通った病院でこの程度なのか…と残念に思いました。
臨床教育の何かが欠けているのかもしれません。
やはり患者の心を第一に考えてあげて欲しいと思います。
看護師、患者家族双方の役割を同時に担う事はかなりの負担です。ありのまま自分の気持ちに素直であればイイのではないでしょうか?
患者家族としてのご負担が大きくならないよう、また患者様が快方に向かわれるよう微力ながらお祈りしております。
わたしの母が入院した時の話。
母が手術中に待っていると、エラそうな話し方、無表情の看護師から、リカバリー室に入る時の説明を受ける。(手を洗って、靴をはきかえるとか)
今から説明しますから…みたいな感じで声かけてきて。
まずこんにちは~とか、言えないんかい…と。
手術前に平オムツ1枚用意した。でもバラ売りはしてなかったから、一袋買った。当然、退院時はたくさんの平オムツが余っていたわけで…。
母がステーションに向かって「これ使わないのでどうぞ」と言ったら、「はい。いただきますね~」…ってちゃうやろ!
一枚しか必要無いのに一袋買ったという心情を汲み取らんかい。
わたしはその時母に言った。「何して欲しいってわけじゃないんだけど、一言あると全然違うんだよね。」
わたしは、こんなに必要以上に買わなければいけなかったことをねぎらいつつ、かえって申し訳ないけど、ありがたく頂戴します、みたいな言葉が欲しかった。
でも、当時20代後半だったわたしは、それを実際に体験して、患者さんに対する配慮を学ぶことが出来た気がします。
やはり、どこかで気付きがないと、わからないかもしれません。「一言」の重み。
挨拶の一言。ねぎらいの一言。
対応の良さというよりも、配慮があるか無いかだろうな…と思います。
あとは、若い看護師が母に対して「息子さんのこと、覚悟しておいてくださいね」と言った。弟が難病疑いだった時の言葉だったそうで。
若い人生経験少ない看護師が、一体どこで勘違いしてしまうのかしら…
これまたどこかで「気付き」が無いと、わからなくなるのかもしれません。
同じ病院、同じ病棟で働いて…上になったら、誰も注意しなくなる。
自分が上だから、悪いところに気付かない。
そして、そこではベテランだから、何でも知ってる風な奢りも無きにしもあらず。
そうやって考えると、本当教育っていうのも、あって無いようなもんですよね。
そこで使えればいいみたいな感じだし、業務が出来れば、思いやりや配慮に関しては本当に個人任せ、重要視されない部分ですもんね。
わたしは同じところで3~5年くらい(ちょうど変な自信がついちゃう時期ってこのくらいですよね)やったら、敢えて違う部署や施設に修行に出す…ってシステムがあっても良いんじゃないかと思ったりもします。
その前に転職した人は、外に出てみて初めてわかることがあったと思いますが。
なんていうか、なんでもいいから自分を客観的に見れる経験って必要なんじゃないかと思います。
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