内科病棟のナース5年目で、今までに何十回もの人の死を見てきました。
新人の頃は、患者が亡くなるたびに悲しくて泣いていましたが、今では、涙を流す事はなくなりました。関わりの深い患者さんの死は心に残りますが、人の死に慣れたというか、何十回も経験すれば慣れる事は当たり前だと思っていますし、慣れずにいつまでも泣いて悲しんでばかりでは自分の精神が持たないと思います。
最近友人から、祖父が倒れて危険な状態だと相談がありました。
友人は、
「看護婦ってすごいね。私は寝てるじーちゃんを見るだけで泣けるのに。人が死んでもなんで泣かないの?なんで悲しくないの?」
と、聞いてきます。私は、
「私だって家族が病気になったり死んだりしたら悲しいし泣けるよ。だけど、そこで働いてる看護師からすれば、いち患者は何十人何百人いる中の一人なんだから。亡くなるたびに悲しんだり泣いたりしてたら仕事にならないよ。だから、患者に対する家族の思いはとてもよくわかるけど、看護師は仕事でやってるんだから、別物として考えなきゃ。」
とういような事をやんわりと言いました。
友人は祖父の事で気持ちが沈んでいるので、ここで看護師の仕事の事など云々言っても、きっと分からないと思います。
だけど、少しショックでした。何度言っても結局は、「看護師って、冷たいっていうか、すごいね。私だったら絶対慣れない。絶対毎回泣ける。」と言います。今回の祖父の事に限らず、以前も同じような会話を何度もしました。違う友人の間でもかわした事があります。「看護師」というだけで興味本位でそういう話題を振ってくる人もいました。
私だって、最初は「なんで先輩達は悲しくないの?今、人が亡くなったのに。なんで仕事が増えたって嘆いてるの?そんなの冷たすぎ。私だったら一生亡くなった患者の名前も忘れないし、絶対毎回悲しいと思うのに…絶対自分だけはこんな冷たい看護師になんてならないぞ」なんて思っていました。
本気で。
非医療従事者と話をすると、たいていこういう会話がでてきます。
なんか、もう、うんざりなんです。
私が冷たい人間なの?なんで分かってくれないの?
って、言ったところで仕方が無い事なんですが…。
皆さんはどう思いますか?
私も昔、涙も出さずに冷静に死後処置をする自分に感情がなくなったのではと悩んだ時期がありましたが。結局はナースとしてプロになったとの助言で救われた事があります。この仕事はたくさんの人の死に出会いますがその都度に自分だけのその方に対する想いがあれば、それだけで良いのではないですか?自分が悩んでいる事自体が亡くなった方への気持ちだと思いますよ!
わたしは、20年超えのナースですが、
たとえ何十人の患者さんがほかにいらっしゃったとしても死に直面すると涙が出そうになることが多いです。
ですが、悲しいというより、
苦しみから解放されてよかったねって、心の中では思っていることが大半です。
家族に看取られて旅立つ方もいる。
家族から見放されたまま、惜しまれずに逝く方もいる。
家族もないまま、一人で亡くなる方もいる。
亡くなりかたは様々。
でも、その場面はその方の生き様に映されているんだなぁと感じています。
その方が、病を得るまでに、どのような生き方をされ、
どのように周りとの関係を築いてきたか・・・。
わたしたちは、病に伏した患者であるその方としか、
関わりを持たないことが多い職種ですが、
どんな方にも、せめて最期くらいは寄り添ってあげたいものですね。
確かにナースは、死に直面することが多い。
でも・・・
ナースでなくても、関わりを持たない人の死には一般の人も鈍感なのではないかしら?
見ず知らずの他人の訃報を耳にしても、我関せずでしょ?
たとえば、そのご友人は隣の病室の患者さんの容態が悪いときに、
親身になって心配されるでしょうか?
逆に回復されたとき、自分のことのように喜べるでしょうか?
死は、誰にでも訪れます。
それを取り乱さず、厳かに受け入れ、見送ることがプロだと思って日々を過ごしています。
けれど・・・泣けるときは泣けるんですよね〜
返事になってないかもしれませんが、胸を張って頑張ろうではあ〜りませんか^^
わたしは患者さんが亡くなっても泣いたことがありません。
がんの患者さんで苦しんでるのをずっとみてきたから、本当にお疲れ様でしたと
心の中で思いながら死後の処置をします。家族に対しても同じ思いです。
ただ、多くの方に囲まれて亡くなる人がいる一方、亡くなる前も後もだれもこなくて、何時間も
安置所で迎えを待つような最期・・・。すごく考えさせられました。
わたしも働いている間、祖父2人亡くなりました。もちろん悲しかったですが
多くの家族に見守られて幸せだったとおもいます。
看護師の仕事や気持はやっている人にしか分からないとおもいます。
けして、冷たいとか、感情がないとかそういうわけではないのは
よくわかります。あまり、気にしないことです。
以前、同じような事を友人に言われたことがあります。
私は、患者さんが亡くなる時、その患者さんや家族にとって何が必要か考えます。
看護師が一緒に涙を流して悲しむことだけが必要でしょうか。
悲しむ感情を持つことだけが、大切なことじゃないと思っています。
看護師として、死に関わったら、看護師にしかできないその患者への関わりがあると思っています。
身体を綺麗にし、身なりを整え、家族から「いい表情になって、きれいになって、」と言われるように。
誰かが亡くなった時、悲しむ人はたくさんいると思います。でも、最期まで看護し続けることは看護師にしかできない。その人の最期まで、きちんと看護したと胸張っていいと思ってます。
患者様の死、身内の死・・・。
感情、想い・・・私にとって全然別です。
身内が亡くなれば何とも言えないくらいかなしい。
今でも思い出すと涙がこぼれます。
患者様の死、身内の死・・・。
やっぱり全然違う。
こんな私は冷たい人間なのでしょうか。
私も答えになってませんが・・・。
非医療従事者のひとりです。自分にとって身近なのか?親しいのか?…どれだけ思い入れがあるかないか?のように私は感じます。後は死に逝く方を看取るひとの感受性でしょうか?大変自分本位な感覚で書いているので、不適切ですね。
(大変久々にお邪魔しました。今風邪ひきさんです。)
患者さんがなくなった場合、その人生は家族と一緒にあります。
だからその場で泣いたり、悲しさを表に出す必要があるのは患者さんの家族です。
家族が「患者の死」を受け入れていくための過程なので、
それを援助していくことが看護師の役割です。
だからその場ではある程度看護師は冷静でいなきゃいけないと思います。
学生時代プロは泣くなと教わりました。悲しくても、家族の前では感情を出さないようにと。一緒に悲しんでいたら最期のケアを誰がしてあげられるのか。今まで一生懸命生きてこられた方に尊厳の気持ちを持って送らせて頂く。経験つむほど頭ではなく感覚で人の死を尊いものとしてとらえられる様になると思います。私達って人生で一番辛い時期の患者様と一緒に歩んでいます。退院の時は嬉しいし亡くなった時は本当に無念です。でも最期の看取りだけをしてる訳じゃないですよね。頑張ってる姿は地獄のような時もありますよね。だからこそその苦しさから開放された姿が安らかに見える事ないですか。冷たいって言われるのは辛いですね。でも一生懸命看護したからこそ最後まで責任もってみおくる。それが看護師の仕事だと思います。一般の人には理解できないでしょうけど。
金魚さん、あなたは冷たい人間では ないですよ。やはり、患者と身内の死は 違いますよ。患者は その時 接した人で、身内と接する時間.歴史も違います。
はるかぜさん、りんごさん その他の方のを読んで....私も そう思います。だから、私は、死後の処置をするときは”人生の最後の花道”だと思い、生きている時より、綺麗にしています。
こんなにも沢山のコメントが!!
ありがとうございます!!
みなさん一人一人に返事できなくてすみません…。
今後もこういう機会に遭遇したら、「今までお疲れさまでした」という気持ちで接して行こうとおもいます。色々思ったんですが、文章能力がなさすぎてうまく言えません…が、皆さんのおっしゃる内容に色々と考えさせられました。今後も頑張って行きたいと思います。
はなさん、ありがとうございます。
なんだかとてもあたたかい気持ちになりました。
ほんとうに ありがとう・・・。
泣けるということは、人間としてすばらしいことです。しかし、仕事では、涙を見せられないのですよね。仕事は、感情に流されてはいけないのです。それでも、ぽつねんさんの人間性を尊敬します。私も、友人を38歳の若さで亡くしました。その時は、涙が出ました。。身内の死を悲しむことと、仕事で死を看取ることは、違うと思います。冷たい内容でしたら、すみません。
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